こんにちは!大阪市東淀川区にある、いのうえ社会保険労務士事務所の井上です。

「パートさんや契約社員にもボーナスを出してあげたいけれど、資金面で悩んでいる」
「長く働いてくれる優秀なスタッフのために、退職金制度を作って定着率を上げたい」

日々現場で奮闘される中小企業の事業主様から、このようなご相談をよくいただきます。働き方改革が進む中、非正規雇用労働者(パートタイム労働者、有期雇用契約社員、派遣社員など)の待遇改善は、人手不足解消や企業の生産性向上のために欠かせない課題となっています。

そこでぜひ活用していただきたいのが、厚生労働省の「キャリアアップ助成金」に用意されている「賞与・退職金制度導入コース」です。この制度をうまく活用すれば、従業員のモチベーションをアップさせつつ、会社は国からの手厚い経済的支援(助成金)を受け取ることができます。

今回は、この「賞与・退職金制度導入コース」について、概要から助成額、対象となる事業主・労働者の要件、申請期限、そして実務で陥りやすい注意点まで、プロの社労士目線でわかりやすく徹底解説いたします!

1.【概要】賞与・退職金制度導入コースとは?


「賞与・退職金制度導入コース」とは、就業規則または労働協約の定めるところにより、雇用する「すべての有期雇用労働者等(契約社員・パートなど)」に関して、賞与・退職金制度を新たに設け、実際に支給または積立てを実施した場合に助成される制度です。

ここでの「賞与」と「退職金」の定義は以下のようになっています。

賞与の定義 一般的に労働者の勤務成績に応じて、定期または臨時に支給される手当(いわゆるボーナス)のことです。
退職金の定義 事業所を退職する労働者に対して、在職年数等に応じて支給される退職金を積み立てるための制度です。
ポイントは「積立金や掛金等の費用を全額事業主が負担すること」が就業規則等に規定され、実際に全額事業主が負担するものである必要があります。
【社労士のアドバイス】就業規則の文言に注意!
助成金でいう「賞与」には、いわゆる「決算賞与」は対象外となるケースが多いため注意が必要です。
また、「賞与は支給しない。ただし、業績によっては支給することがある」といった不明確な規定では認められません。「賞与は原則として支給する。ただし、業績によっては支給しないことがある」といった規定にしておく必要があります。
就業規則の文言一つで助成金が不支給になることがあるため、規定の作成には細心の注意を払いましょう。

同じキャリアアップ助成金でも「賃金規定等共通化コース」について詳しく解説した記事はこちら

【令和8年度最新版】これはおすすめ!キャリアアップ助成金(賃金規定等共通化コース)の受給要件と注意点

 

2.【助成額】いくらもらえるのか?


最も気になる「助成額」についてです。会社の規模(中小企業か大企業か)と、導入する制度の組み合わせによってもらえる金額が変わります。
なお、この助成金は「1事業所当たり1回のみ」の支給となります。

企業規模 どちらか一方を導入した場合 同時に両方とも導入した場合
中小企業 40万円 56万8,000円
大企業 30万円 42万6,000円
【社労士のアドバイス】同時導入による満額受給を狙え!
ご覧の通り、「賞与」と「退職金」を同時に導入することで、中小企業であれば16万8,000円も支給額が加算(アップ)されます。
別々のタイミングで導入してしまうと加算は受けられず、1事業所1回しか使えない制度ですので、資金的な余裕や運用計画が立つのであれば、ぜひ「同時導入」による満額受給を検討されることをお勧めします。
なお、就業規則等に同時に規定(導入)していればよく、初回の賞与の支給日と初回の退職金の積立て日が同日である必要はありません。

3.【対象となる事業主の要件】会社がクリアすべき条件


助成金を受給するためには、会社側が以下の要件をすべて満たしている必要があります。

1. すべての有期雇用労働者等に制度を設けること 就業規則等により、雇用する「すべての有期雇用労働者等」に対して制度を新設する必要があります。
2. 一定金額以上の支給・積立てを実施すること(※超重要) ただ制度を作れば良いわけではなく、対象労働者1人につき以下の基準を満たす実績が必要です。
・賞与の場合: 6か月分相当として「50,000円以上」支給したこと。
・退職金の場合: 1か月分相当として「3,000円以上」を6か月分、または6か月分相当として「18,000円以上」積立てたこと。
3. すべての有期雇用労働者等に適用させること 制度を一部の労働者だけでなく、全員に適用させなければなりません。
4. 制度を6か月以上運用していること 初回の支給または積立て後、6か月以上適正に運用していることが求められます。
5. 基本給や諸手当を減額していないこと 賞与や退職金を導入したからといって、その代償として基本給や定額支給の諸手当を減額することは禁止されています。
6. 退職金の積立確認書類の提出に同意すること 退職金の場合は、支給決定後に積立金等が確認できる書類を提出することに同意する必要があります。
【社労士のアドバイス】「持ち出し」になるリスクをシミュレーションする
賞与の「6か月分で5万円以上」というハードルは、パートさんにとっては決して小さな金額ではありません。対象となる非正規社員が多数いる場合、会社が負担する原資(ボーナス総額)が助成金額(最大56.8万円)を上回ってしまい、いわゆる「持ち出し」になる可能性があります。
助成金をもらうためだけに無理な支給を行うのではなく、長期的な人件費のシミュレーションを行った上で導入を決断することが大切です。

4.【対象となる労働者の要件】誰に支給すればいいの?


助成金の審査対象となる「対象労働者」にも、クリアすべき条件があります。

  • 雇用期間の要件: 賞与や退職金制度を新たに設けた日(制度施行日=新設日)の前日から起算して「3か月以上前」から雇用されており、新設日以降も「6か月以上継続」して雇用されている有期雇用労働者等であること。
  • 雇用保険の加入要件: 初回の賞与支給、または退職金の積立てをした日以降の6か月間、継続して「雇用保険の被保険者」であること。つまり、週20時間未満のアルバイト等で雇用保険に入っていない方は、この助成金の対象労働者としてカウントできません。
  • 親族要件: 事業主または取締役の「3親等以内の親族」ではないこと。
  • 離職要件: 助成金の支給申請日において、離職していないこと(自己都合退職や解雇などをしていないこと)。
【社労士のアドバイス】手続き漏れの一斉点検を!
よくあるミスが「雇用保険の未加入」です。対象となる非正規社員の中に、雇用保険の加入要件(週20時間以上かつ31日以上の雇用見込み)を満たしているにもかかわらず、手続き漏れで未加入になっている方がいると要件違反に問われる可能性があります。制度導入を機に、社内の保険加入状況を今一度一斉点検しましょう。

5.【申請期限】いつまでに申請するのか?


キャリアアップ助成金は「申請期限」が非常に厳格に定められています。1日でも遅れると、どれだけ完璧に制度を運用していても1円ももらえません。

賞与・退職金制度導入コースの支給申請期間は、以下の通りです。
「対象労働者に、初回の賞与の支給(または退職金の積立て)後、6か月分の賃金を支給した日の翌日から起算して『2か月以内』」

言葉だと少し分かりにくいため、具体的なスケジュール例を見てみましょう。

【具体例】(※月末締め・翌月15日給与払い の会社の場合)

  • 4月1日: 就業規則を変更し、賞与制度を導入(施行)
  • 6月15日: 【初回の賞与を支給】
    〜ここから6か月間、制度を運用して賃金を支払う〜
  • 11月30日: 初回支給から6か月目の賃金締め日
  • 12月15日: 【6か月分の賃金支払日】
  • ★支給申請期間: 12月16日 〜 翌年2月15日までの「2か月間」

もし、賞与と退職金を「同時」に導入した場合は、初回の賞与支給日と、初回の退職金積立て日の「いずれか遅い方の日」から起算して6か月分の賃金を支給した日からスタートします。

【社労士のアドバイス】電子申請(e-Gov)の活用を
申請期限の管理は、人事労務担当者にとって最大のプレッシャーです。最近は、「雇用関係助成金ポータル」を利用した電子申請も可能になっています。
来所の必要がなく、書類のアップロードで24時間いつでも申請できるため、郵送遅れによる期限切れリスクを防ぐことができます。GビズIDの取得が必要になりますが、今後の労務手続きにおいて非常に便利ですので、ぜひ導入をご検討ください。

6.【注意点】ここが落とし穴!助成金がもらえなくなるNG事例


最後に、実務において非常に陥りやすい「NG事例(注意点)」を解説します。これを知らないと、思わぬところで不支給になってしまいます。

⚠️ 落とし穴①
事前に「計画」を出していない
すべてのキャリアアップ助成金に共通する最も重要なルールですが、制度を導入する(就業規則を変更・施行する)日の「前日」までに、必ず管轄の労働局に『キャリアアップ計画書』を作成し、提出・受理されている必要があります。
これを忘れて先に就業規則を変更してしまうと、その時点で完全アウトです。
⚠️ 落とし穴②
すでに「一部」の非正規社員に
賞与を出していた
ここが一番の盲点です!「これまで契約社員にだけ賞与を出していたけど、今回パート社員にも拡大して全員支給にするから助成金をもらおう」と考えた場合。
実は、すでに一部の有期雇用労働者等に賞与を支給する規定がある状態から、全員に一律支給へと就業規則を変更した場合、それは「対象を拡大した」とみなされ、「新たに賞与制度を設けた」ことにはならず、支給対象外となってしまいます。
※ただし、就業規則に規定がなく、「慣例的(お小遣い程度)」に一部支給していたものを、今回初めて正式に就業規則に規定したというケースであれば、対象になり得ます。
⚠️ 落とし穴③
退職金の従業員負担はNG
退職金制度は、「費用を全額事業主が負担すること」が就業規則等に規定され、実際に事業主が負担するものでなければなりません。
従業員の給与から天引き(控除)して積み立てるような制度は対象になりません。ただし、事業主が全額拠出する掛金に、さらに「上乗せして」従業員が掛金を任意で拠出する制度(iDeCoや企業型DCの規約によるものなど)は認められるケースがあります。
⚠️ 落とし穴④
過去に似たコースを使っている
過去にキャリアアップ助成金の「旧諸手当制度共通化コース」や「旧諸手当制度等共通化コース」を受給したことがある事業所は、今回の賞与・退職金制度導入コースを受給することができません。(健康診断制度のみの助成を受けている場合は除きます)。

まとめ


「賞与・退職金制度導入コース」は、労働者の処遇改善を図りながら企業も支援を受けられる、非常に魅力的な助成金です。

しかし、その申請には、「就業規則の精密な作り込み」「適切な支給実績(5万円や1万8千円等のクリア)」「正確な賃金台帳や労働条件通知書の整備」など、高度な労務管理の知識が求められます。また、少しでも不正や虚偽があったとみなされれば、受給額の返還に加えて最大2倍の納付命令や、企業名公表などの重いペナルティが科されます。

「自社だけで申請を進めるのが不安だ」「そもそも自社のパートさんの状況で受給できるのかシミュレーションしてほしい」という場合は、ぜひお近くの社会保険労務士や、無料で相談できる都道府県の「働き方改革推進支援センター」を活用してみてください。

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