おはようございます。働き方改革推進支援センター専門家の井上です。

仕事と家庭を両立するために時短勤務を選択したり、残業をセーブしたりした結果、給料がガクッと下がってしまい、生活費のやりくりに頭を悩ませている方は非常に多いのではないでしょうか。しかも、給料が下がっているにもかかわらず、高額な社会保険料(健康保険料・厚生年金保険料)が何ヶ月も天引きされ続けるのは、精神的にも肉体的にも本当に厳しいものです。

こうした両立支援の現場における切実な課題を解決するため、令和9年(2027年)1月1日から、非常に画期的な新しい特例制度がスタートします。
その名も、「療養・育児・介護により報酬が急減した被保険者に対する標準報酬月額の特例改定制度」です。

今回は、この新しい特例制度について、厚生労働省から発出された最新の通知に基づき、最初から最後まで一切の妥協なしで徹底的に分かりやすく解説します!

1.なぜこの特例が誕生したのか?従来の「随時改定」が抱えていたタイムラグという大きな課題


まずは、この特例制度が創設された経緯と、現行制度の問題点から整理していきましょう。

私たちの社会保険料は、毎月の給与額そのものに直接料率を掛けるのではなく、給与を一定の幅で区分した「標準報酬月額」に基づいて計算されています。この標準報酬月額の見直し(改定)は、原則として年に1回の「定時決定(算定基礎届)」や、固定的賃金に変動があった際に行う「随時改定(月額変更届)」によって行われます。

しかし、従来のルールには「深刻なタイムラグ」という大きな課題がありました。
現行の随時改定で標準報酬月額を下げるためには、以下の高いハードルを越えなければなりません。

  1. 基本給などの「固定的賃金」が下がっていること。
  2. 下がった月以降、継続した3ヶ月間の給与平均が、従前に比べて「2等級以上」低下していること。
  3. 4ヶ月目になってようやく新しい標準報酬月額に改定される。

つまり、育児や介護、病気療養のために「今月から残業をゼロにする」「時短勤務に切り替える」といった就労調整を行って給与が急に減ったとしても、実際に標準報酬月額が引き下げられて保険料が安くなるまでには、最低でも3ヶ月間(実際に下がるのは4ヶ月目から)待たなければなりませんでした。

この3ヶ月のタイムラグの間、手取りが激減している労働者に対して高い標準報酬月額に基づいた高額な社会保険料が容赦なく徴収され続けることになります。これでは、両立支援どころか、労働者の生活維持を脅かす要因になってしまいます。

そこで、療養・育児・介護と仕事の両立を強力にバックアップする観点から、「タイムラグを極限まで解消し、現在の給与実態に即した保険料負担をできる限り早期に実現しよう!」という目的で、今回の特例改定制度が創設されたのです。

2.あなたは対象?特例改定が使える「対象労働者」と、療養・育児・介護の厳格な定義


非常に便利な特例制度ですが、誰でも自由に使えるわけではありません。本特例の対象となるのは、健康保険・厚生年金保険の被保険者(および厚生年金保険の70歳以上被用者)であり、以下の「3つの要件」をすべて満たす方に限定されます。

【要件①】療養・育児・介護と仕事を両立するための「就労調整」を行っていること 本人と職場の合意のもとで、所定労働時間の短縮(時短勤務)や時間外労働の抑制(残業カット)などの具体的な就労調整を行っていることが必要です。なお、ここでいう「療養」「育児」「介護」は、国によって以下のように厳格に定義されています。
・「療養」の定義:被保険者本人が傷病の治療もしくはこれに準ずる措置(治療等)を受ける場合はもちろんのこと、「家族の傷病の治療等に伴い、被保険者が看護などの必要な対応をする場合」も含まれます。
・「育児」の定義:被保険者が「小学校就学の始期に達するまでの子(未就学児)」を養育する場合を指します。
・「介護」の定義:介護保険法に基づき、「要介護認定」または「要支援認定」を受けている家族を、被保険者が介護する場合に限定されます。
【要件②】報酬が急減し、「2等級以上」低下する状態が「3ヶ月以上」続くと見込まれること 就労調整をした結果、給与(報酬の総額)が急激に減少し、急減後の報酬額に基づき計算した標準報酬月額が、それまでの標準報酬月額に比べて「2等級以上」低下する必要があります。さらに、その給与が下がった状態が、一過性のものではなく「3ヶ月以上続くことが予め見込まれていることが絶対条件です。
【要件③】被保険者本人が制度利用に「書面で同意」していること 標準報酬月額を下げることは、単に保険料が安くなるというメリットだけでなく、後述する重大なデメリット(手当金や将来の年金額の減少)も伴います。そのため、会社が勝手に申請することはできず、労働者本人がデメリットを十分に理解した上で、書面で「同意」していることが必須要件となっています。
⚠️ 実務上で絶対に注意すべき「対象外」のパターン
通知の細部を読み込むと、以下のケースは特例措置の対象外として厳しく弾かれますので、労務担当者様は特にご注意ください。

  • ・入社から3ヶ月未満のケース:被保険者期間が、報酬が減少した初月を含めて「3ヶ月未満」の者は、法律上の規定により特例措置の対象外となります。
  • ・翌月に退職(資格喪失)するケース:報酬が減少した初月の翌月に被保険者資格を喪失する者(退職者など)については、その翌月の保険料がそもそも賦課されないため、特例の対象になりません。
  • ・1ヶ月丸々休んで給与が「0円」のケース:減少した初月の「全部」にわたって勤務せず、報酬が一切支払われなかった場合は、「仕事を両立しているとは言い難い」ため対象外です。
  • ・働いた日(支払基礎日数)が極端に少ないケース:減少した初月の「支払基礎日数」が17日(短時間労働者などの特例対象者は11日)未満となる場合は、特例の対象外となります。
    ※ただし、就労調整によって勤務しなかった日(無給・有給問わず)がある場合であっても、所定労働日数自体に変更がなく、かつ会社との雇用関係が継続しているときは、その「勤務しなかった日」も支払基礎日数に含めて判定してよいという、労働者に有利な特例ルールが設けられています。

3.特例が適用されるとどうなる?「給与急減の翌月」から社会保険料が下がるスピード改定の仕組み


この特例制度を利用した場合、実務や給与計算においてどのような変化が起きるのでしょうか。通常の手続きとの違いを比較してみましょう。

項目 通常の「随時改定(月額変更)」 新制度の「特例改定」
改定のタイミング 固定的賃金が変動してから「4ヶ月目」 報酬が減少した「翌月」から
固定的賃金の変動 必須(基本給や手当等の変動が必要) 不要(残業減少や時短による急減だけでOK)
必要な実績期間 下がった後「3ヶ月間」の給与実績 下がった「初月(1ヶ月)」の給料のみ

特例改定の手続きプロセス

事業主は、対象者から書面での同意を得た上で、「被保険者報酬月額変更届(特例改定用)」に「申立書兼同意書」を添えて、年金事務所(および健康保険組合)に提出します。

通常は3ヶ月分の給与実績をすべて記入しなければなりませんが、この特例届出では、変更届の継続3ヶ月の記入欄のうち、一番下の月(3ヶ月目)の欄のみに「報酬が減少した初月」の報酬月額等を記載すれば足りるという、非常に簡素化された事務処理が認められています。

また、この特例の届出と申立書の内容が事実であることを確認できる書類(賃金台帳、出勤簿、医師の診断書、子の年齢証明書、要介護・要支援状態を証明する書類など)は、事業主が「届出日から2年間」確実に保存する義務があります。

そして、最大のメリットとして、健康保険と厚生年金保険の社会保険料が、就労調整を行って給与が下がったその翌月から即座に引き下げられます。
手取り額が急に減ってしまった労働者にとって、翌月からすぐに社会保険料負担が軽減されることは、家計を守る上でこれ以上ない強力な支援策となります。

4.【超重要】手放しでは喜べない!社会保険料が下がることで生じる「3つの大きなデメリット」


社会保険料が下がるということは、毎月の「手取り額が増える」ということですから、一見すると良いことばかりのように思えます。しかし、社会保険労務士として、皆様に「絶対に知っておいてほしい重大なデメリット」があります。

標準報酬月額を下げることは、将来受け取れるお金や、万が一のときの保障を自ら削ることと同義なのです。同意書にサインする前に、以下の3つのリスクを完璧に理解しておかなければなりません。

⚠️ デメリット①:将来もらえる「老齢厚生年金」の額が減る

厚生年金保険料が安くなるということは、その期間中に国に積み立てている「年金の原資」が減ることを意味します。この特例を利用して標準報酬月額が下がった期間が長ければ長いほど、将来自分が引退した時に受け取れる老齢厚生年金の受給額が少なくなってしまいます。
※なお、3歳未満の子を育てるための時短勤務については、年金額を下げないための「養育期間標準報酬月額特例(養育特例)」という別制度がありますが、この新特例制度における就学前児童の育児や介護、療養に伴う改定については、年金額減少への救済措置は通知上示されていません。

⚠️ デメリット②:万が一病気やケガで休んだ時の「傷病手当金」が減る

健康保険の「傷病手当金」は、病気やケガで連続して休んだ際、給与の約3分の2が支給される非常に心強い制度です。この手当金の計算のベースとなるのは、「支給開始日以前12ヶ月間の各月の標準報酬月額の平均」です。本特例を使って標準報酬月額を急激に下げてしまうと、その後もし大きな病気をして働けなくなった際に、受け取れる傷病手当金の額が大幅に減額されてしまいます。

⚠️ デメリット③:次の出産時の「出産手当金」が減る

産前産後休業中に支給される「出産手当金」も、傷病手当金と全く同じように、直近12ヶ月の標準報酬月額をベースに計算されます。例えば、「上の子の育児(未就学児)」のために時短勤務を選択し、この特例を使って標準報酬月額を下げていたとします。その状態で「第2子」を妊娠し産休に入った場合、第2子の産休中にもらえる出産手当金の額が、以前に比べて激減してしまうという、働くママにとって見過ごせない落とし穴が存在します。

このように、手元のキャッシュフローが改善する一方で、「将来の年金」「病気時の保障」「次の出産時の保障」の3つがすべて引き下げられるという大きなトレードオフがあります。労務担当者様は、制度を案内する際にこのデメリットを「十分に説明した上で、本人の真意による同意(署名捺印)」を必ず得るように徹底してください。

5.もし元の働き方に戻ったらどうする?「給与が戻ったとき」の義務と実務上の注意点


療養や育児、介護といった状況は、時間の経過とともに変化するものです。病気が完治したり、子どもが成長したり、介護が一段落したりして、「通常のフルタイムの働き方に戻る(就労調整を終了・縮小する)」というケースは当然に想定されます。

このように働き方が元に戻り、給与が増加した場合には、会社と労働者に「増額改定の義務」が発生します。

【増額改定のルール】 就労調整が終了・縮小したことで報酬が増加し、増加後の給与に基づく標準報酬月額が、特例改定後の標準報酬月額に比べて「2等級以上」上昇した場合には、固定的賃金の変動の有無にかかわらず、速やかに増額改定の届出を行わなければなりません
【実務上の支払基礎日数の注意点】 給与が「下がった時」の支払基礎日数の計算では、就労調整で休んだ日も支払基礎日数に含めるという特例がありましたが、給与が「上がった時」にはこの特例は適用されません。実際に報酬の支払いがなかった日は、支払基礎日数から厳格に除外して判定する必要があります。

給与が戻ったにもかかわらず、安い保険料のままで放置することは当然認められません。元通りの働き方(またはそれに近い状態)に戻った際は、速やかに引き上げの手続き(増額改定)を行うよう、給与計算のルーティンに組み込んでおきましょう。

参考リンク:「療養、育児又は介護により報酬が急減した者についての健康保険法及び厚生年金保険法の標準報酬月額の保険者算定の特例について(令和8年7月31日 保保発0731第4号・年年発0731第1号・年管管発0731第7号)」|厚生労働省

まとめ


令和9年1月1日から適用されるこの新特例制度は、仕事と家庭の両立を図る労働者にとって、給与激減に伴う社会保険料の負担を最速で軽減できるという、非常に実用的なセーフティネットとなります。

しかし、毎月の手取りが増えることの裏には、年金や各種手当金の給付額が下がるという将来的なリスクが確実に潜んでいます。
本制度の導入にあたっては、

  • 就労調整に入る労働者に対して、メリットとデメリットを完全に天秤にかけて説明すること。
  • 必ず本人の「署名入りの同意書」を徴収し、関連書類とともに2年間厳重に保管すること。
  • 就労調整が終了した際には、速やかに増額の届出を出すこと。

この3点をおさえて、クリーンで労働者に寄り添った適正な労務管理を進めていきましょう!自社の就業規則や、今後の時短勤務者の社会保険手続きについて少しでも不安な点がある場合は、ぜひお気軽にお近くの社会保険労務士にご相談ください。

本特例を利用した場合の手取り額の増加幅と将来の年金・各種手当金の減少シミュレーションについて、具体的な月収のモデルケースを用いて数字を比較してみることもできますが、いかがでしょうか?

コメントや相談したいことがある方はぜひ公式LINEからお気軽にご連絡ください。

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