おはようございます。大阪市東淀川区の社労士、井上です。
従業員の業務中や通勤中のケガ・病気を補償する「労災保険」ですが、近々、制度の根幹に関わる大きな法改正が行われる予定であることをご存知でしょうか?
令和8年2月に召集された第221回国会(特別会)において、厚生労働省から「労働者災害補償保険法等の一部を改正する法律案」が提出される予定です。この改正案はすでに労働政策審議会で「おおむね妥当」と答申されており、一部の規定を除き、令和9年4月1日の施行が予定されています。
今回の改正には、遺族年金の男女格差の解消や、請求時効の大幅な延長など、企業の実務や働く人々の権利に直結する重要な内容が盛り込まれています。今回は、特に実務への影響が大きい4つのポイントを分かりやすく解説します。
1. 遺族補償年金等の「夫妻差(男女格差)」がついに解消へ
今回の改正案で最も世間の注目を集めているのが、遺族(補償)等年金 における「夫妻間の支給要件および給付の差の解消」です。
現行の制度では、配偶者が労災で亡くなった際、残されたのが「妻」であれば年齢に関係なく遺族年金を受け取れるのに対し、残されたのが「夫」の場合は『60歳以上』または『一定の障害の状態にある』という非常に厳しい条件をクリアしなければ受け取ることができませんでした。
しかし、今回の改正により、この夫にのみ課せられていた「60歳以上」または「一定の障害状態」という要件が削除されます。(石綿健康被害救済法における特別遺族年金も同様です)
さらに、給付額の見直しも行われます。現行では、遺族が「55歳以上等の妻1人」の場合のみ、特別加算(給付基礎日額153日分+22日分)が行われていました。改正後はこの特別扱いを廃止し、遺族の人数が1人である場合の年金額を、男女問わず一律で給付基礎日額の「175日分」へと引き上げることで対応されます。
共働き世帯が主流となった現代社会の実情に合わせ、ようやく公平で安心できる制度へと生まれ変わります。
解説:例えば30代の共働き夫婦の場合、改正後は妻が労災で亡くなった際に夫は遺族(補償)等年金 を受給できるようになります。
2. 労災申請の時効が「2年」から「5年」へ大幅延長!
労災保険の給付を請求する権利(請求権)には消滅時効があり、現行では療養補償給付や休業補償給付などは「2年」で時効を迎えてしまいます。
しかし、うつ病などの「精神疾患」や、過労による「脳・心臓疾患」、アスベストによる「石綿関連疾病」などは、発症してすぐに『これが労災だ』と判断するのが非常に難しいという特有の事情があります。気づいた時にはすでに2年の時効が過ぎてしまっていた、というケースも少なくありませんでした。
そこで今回の改正では、これらの「事由に該当するか容易に判断できない疾病」について、請求権の消滅時効を2年から『5年』に延長することとされました。労働基準法の災害補償の消滅時効も同様に延長されます。
| 請求権が5年に延長される主な給付(予定) |
|---|
| 療養補償給付、休業補償給付、葬祭料、介護補償給付、 複数事業労働者に関する各給付(療養、休業、葬祭、介護)など。 ※上記のうち、業務起因性などの判断が難しいとされる「脳・心臓疾患」「精神疾患」「石綿関連疾病」等として政令で定めるものが対象予定です。 |
これにより、被災労働者やそのご家族が、より確実に補償を受けられる環境が整うことになります。
3. 「特別加入団体」の要件法定化と、特別支給金の審査請求
近年、フリーランスや個人事業主など多様な働き方が拡大する中で、本来は労災の対象外である彼らを守る「特別加入制度」の重要性が増しています。この制度を利用する際の窓口となるのが「特別加入団体」です。
今回の改正では、適切な労働保険事務の処理を担保するため、この特別加入団体の承認要件が法律で明確に定められる(法定化される)ことになりました。
これに伴い、政府の監督権限も強化されます。政府が特別加入団体に対して改善措置を命じることができるようになり、もしその命令に違反した場合は、特別加入団体の承認を取り消され、保険関係が強制的に消滅させられるという極めて厳しい罰則が適用されます。ずさんな管理を行う団体は排除されることになります。
また、これまで「処分性がない」として審査請求(不服申し立て)の対象外とされていた「特別支給金」についても、今後は労災保険審査官への審査請求や、労働保険審査会への再審査請求の対象となる予定です。
解説:労基法を尊重するために、フリーランス等が労災に特別加入する場合、特別加入団体に加入しその団体に雇われているとみなす必要があります。ウーバーイーツ配達員なども加入できます。
4. 農林水産業の「暫定任意適用事業」が廃止され強制適用へ
これまで、農林水産業のうち一定の要件を満たす小規模な個人経営の事業所は、「暫定任意適用事業」として、例外的に労災保険への加入が強制されない(任意加入)ルールとなっていました。
しかし、働く人の保護を徹底する観点から、この「暫定任意適用事業」が廃止され、強制適用化されることが決定しました。対象となるのは、最大で農業が約14万件、漁業が約1.8万件、林業が約1,000件に上る見込みです。
| 業種 | 現行の暫定任意適用事業の要件(=今後強制適用になる対象) |
|---|---|
| 農業 | 個人経営で常時5人未満の労働者を使用する事業 (事業主が特別加入している場合を除く) |
| 林業 | 労働者を常時には使用せず、かつ、年間使用延べ労働者数が300人未満の個人経営の事業 |
| 水産業 | 常時5人未満の労働者を使用する個人経営の水産動植物の採捕または養殖の事業等 (総トン数5トン未満の漁船によるもの等) |
急激な変化による事務負担を避けるため、法律の公布日から5年を超えない範囲(準備期間)で政令で定める日に施行されますが、「今まで任意だったから」と放置していると、施行日以降は労災保険の未加入として法律違反に問われ、万が一の事故の際に多額の費用負担を強いられるリスクがあるため、該当する事業主様は早急な準備と手続き漏れへの注意が必要です。
まとめ
今回は、令和9年4月に施行予定の「労災保険法等の改正案」について解説しました。
遺族年金の夫妻差解消や時効の延長など、被災労働者やそのご家族を守るセーフティネットがより強固になる素晴らしい改正と言えます。
- 参考リンク:厚生労働省(労災補償について)
- 参考リンク:厚生労働省(労働政策審議会)
法改正は複雑で、自社にどのような影響があるのか判断に迷うことも多いと思います。労災保険の特別加入のお手続きや、農林水産業の事業主様の新規適用手続きなど、労働社会保険に関するお悩みは、専門家である社会保険労務士にご相談ください。
コメントや相談したいことがある方はぜひ公式LINEからお気軽にご連絡ください。
- お電話での
お問い合わせ -
(土日祝も休まず営業火曜定休)
9:00〜18:00
