おはようございます。大阪市東淀川区のいのうえ社会保険労務士事務所です。
近年、SNSやインターネット上の退職代行サービス・サポート業者の広告などで「退職給付金として最大〇〇万円もらえる!」といった言葉をよく目にするようになりました。
しかし、プロの社会保険労務士として最初にはっきりと申し上げておきます。国(公的保険制度)の制度に「退職給付金」という名称の給付金は存在しません。
巷で言われている「退職給付金」の正体は、健康保険の「傷病手当金」と、雇用保険の「基本手当(いわゆる失業保険)」という2つの異なる公的制度を、ルールに則って順番に(リレー形式で)受け取る仕組みのことを指しています。
うつ病や適応障害などの体調不良によって退職を余儀なくされた方が、療養に専念しながら生活費を確保し、回復した後に再就職に向けた支援を手厚く受けるための「公的制度のフル活用ルート」なのです。
今回は、この「退職給付金」の仕組みについて、それぞれの制度の概要から、最もお得で確実な受け取り手順(フローチャート形式)、そして実務で陥りやすい注意点まで、徹底的に解説いたします。
この記事で分かること
1.「退職給付金」を構成する2つの柱(傷病手当金と失業保険)
まずは、この仕組みの基礎となる2つの公的制度を正しく理解しましょう。「働けない状態」と「働ける状態」で使う制度が明確に分かれています。
| 制度名 | 制度の目的と要件 | 支給額の目安と期間 |
|---|---|---|
| (1) 健康保険の 「傷病手当金」 (休んで治療する ための制度) |
業務外の事由による病気やケガの療養のために会社を休み、事業主から十分な報酬が受けられない場合に、健康保険(協会けんぽ等)から支給される生活保障制度です。以下の4つの要件を満たす場合に支給されます。 1. 業務外の事由による病気やケガの療養であること(労災の対象は除く)。 2. 療養担当者の意見等を基に、仕事に就くことができないと判定されること。 3. 連続する3日間(待期)を含み、4日以上仕事に就けなかったこと(有給休暇や公休日も含む)。 4. 休業した期間について給与の支払いがないこと(給与があっても、傷病手当金の額より少なければ差額が支給)。 |
【金額】 お給料の約3分の2が生活費として保障されます。 【期間】 支給開始日から通算して最長1年6ヶ月。 |
| (2) 雇用保険の 「基本手当」 (失業保険・ 次の仕事を探す ための制度) |
働く意思と能力があるにもかかわらず職業に就くことができない状態(失業状態)にある方を支援し、再就職を促進するための制度です。 原則として、離職の日以前2年間に、雇用保険の被保険者期間が通算して12ヶ月以上あることが受給の最低条件となります。 |
【金額】 離職前の賃金の約50〜80%。 【期間】 年齢や雇用保険の加入期間、離職理由等に応じて90日〜最長360日。 |
雇用保険は被保険者期間が通算して12ヶ月以上あることが受給の最低条件ですが、通常の傷病手当金はどうでしょう。
それについては下記の記事で詳しく解説しています。
2.なぜ「退職給付金」はセットで語られるのか?(同時受給不可の壁と裏ワザ)
この2つの制度を組み合わせて受給する際に、絶対に知っておかなければならない最大のルールがあります。
それは、「傷病手当金と基本手当(失業保険)は、同じ期間に同時には受給できない」ということです。
なぜなら、傷病手当金は「病気等で働けないこと」が前提の給付であるのに対し、雇用保険の基本手当は「いつでも働ける意思と能力があること」が前提だからです。この2つは完全に矛盾するため、同時に受け取ることは法律上認められていません。
合法的な裏ワザ:「受給期間の延長」
そこで活用するのが、ハローワークでの「受給期間の延長」という裏ワザ(正当な制度の手続き)です。
基本手当を受け取れる期間(受給期間)は、原則として受給資格に係る離職の日の翌日から起算して「1年間」しかありません。
しかし、病気(うつ病等の傷病)のために引き続き30日以上職業に就くことができない場合は、その働けない日数を本来の1年間に加算(延長)することができます。加算できる期間は最長で3年間とされており、本来の1年間と合わせて、離職の日の翌日から最大で「4年間」まで受給期間を引き延ばすことができるのです。
つまり、「いまは働けないから健康保険の傷病手当金をもらいつつ、雇用保険の基本手当の権利は『受給期間延長』でキープ(温存)しておき、回復した後に延長を解除して基本手当をもらう」というのが、巷で言われる「退職給付金」の本当のカラクリなのです。
3.【フローチャート】うつ病等で退職する場合の受け取りルート
それでは、体調不良で退職を余儀なくされた方が、最大限の支援を受け取るための具体的な手順を、時系列のフローチャート形式で解説します。
▼ STEP 1:在職中の対応(主治医の診断と「傷病手当金」のスタート)
まずは無理をせず心療内科等を受診し、医師に労務不能であることの診断を受け、傷病手当金申請書に証明を書いてもらいます。休職に入り、連続して3日間休んだ(待期)あと、4日目から傷病手当金の支給がスタートします。
▼ STEP 2:退職時の注意(「傷病手当金」の継続給付の要件をクリアする)
退職しても、以下の要件を満たせば引き続き傷病手当金を受け取ることができます(継続給付)。
- 退職日の前日までに健康保険の被保険者期間が通算して1年以上あること。
- 退職日の前日までに連続3日以上の休業(待期)があり、退職日時点で現に傷病手当金を受けられる状態であること。
- 【超重要】退職日当日は絶対に「欠勤」すること。挨拶などのためであっても、最終日に出勤してしまうと「仕事に就くことができる状態になった」とみなされ、退職後の継続給付の対象外となってしまう危険があります。
▼ STEP 3:退職直後(ハローワークで雇用保険の「受給期間延長」手続きを行う)
退職後、傷病手当金を受け取りながら療養に専念しますが、このままでは雇用保険の権利(1年間)が消滅してしまいます。そのため、早めに管轄のハローワークへ行き、「受給期間の延長」手続きを行います。
病気等で引き続き30日以上職業に就くことができなくなった日の翌日から、最大で離職後4年を経過する日までの間に申請が必要です。これにより、基本手当を受け取る権利を将来に向けて安全に温存できます。
▼ STEP 4:回復後(「就労可能」の証明をもらい、基本手当へ移行する)
療養の甲斐あって、主治医から「就労可能」と判断されたら、傷病手当金の受給はそこで終了となります。
その後、ハローワークで受給期間の延長を解除し、求職の申込みを行います。この際、主治医にハローワーク所定の「就労可能証明書(週20時間以上働ける状態の証明)」を書いてもらい提出します。ここから、温存しておいた基本手当(失業保険)の受給がスタートします。
通常、自己都合退職の場合は基本手当をもらうまでに給付制限(2025年4月1日以降は待期7日+原則1ヶ月)がかかります。しかし、病気による離職者は「特定理由離職者(正当な理由のある自己事情での退職者)」として扱われるため、給付制限が免除されます。さらに、国民健康保険料の減免措置が受けられる場合もあります。また、うつ病などの事情で再就職が特に難しい場合、ハローワークの認定によって「就職困難者」という区分に該当することがあります。就職困難者に認定されると、一般の離職者よりも基本手当の所定給付日数が長くなる(手厚くなる)という非常に大きな配慮があります。
4.Q&A(よくある質問)
| Q1:傷病手当金と失業保険(基本手当)は、同時にもらえますか? |
|---|
| A1:もらえません。 記事の前半でも解説した通り、傷病手当金(働けない状態)と基本手当(働ける状態)は前提が矛盾するため同時受給は不可能です。回復するまでは傷病手当金で生活を守り、回復したら基本手当に切り替えるという「順番(リレー)」で使います。 |
| Q2:自己都合で退職しました。失業保険をもらうまでに期間があきますか? |
| A2:病気が理由の退職であれば、給付制限の期間はかかりません。 原則として、2025年4月以降の自己都合退職は、待期7日+給付制限1ヶ月がかかります。しかし、病気やケガのために退職した場合は「特定理由離職者」と認められるため、給付制限はかかりません。受給開始前に働けない場合は、まず受給期間延長の手続きを行ってください。 |
| Q3:「就職困難者」に該当するかどうかは、誰がどうやって決めるのですか? |
| A3:ハローワークが認定します。 就職困難者にあたるかどうかは、ハローワークの窓口で認定が行われます。医師の診断書や、精神障害者保健福祉手帳などの必要書類の案内を受け、それを提出することで確認・決定されます。 |
5.まとめ:正しい知識で自分の生活と権利を守ろう
SNS等で魔法のようにもてはやされる「退職給付金」ですが、その実態は「傷病手当金」と「雇用保険の基本手当」という、私たちが毎月保険料を真面目に納めてきた公的制度の正当な組み合わせに他なりません。
- 「いま働けない」期間は、傷病手当金で生活の基盤を守る。
- 同時に、ハローワークで受給期間の延長を行い、失業保険の権利をキープする。
- 働ける状態まで回復したら、基本手当(就職困難者に該当すればさらに手厚く)へ切り替える。
体調を崩して退職を検討されている方は、将来への不安でいっぱいかと思います。しかし、日本の社会保障制度は、正しい手順さえ踏めばしっかりとあなたを守ってくれます。
ただし、退職日の「最終出勤」の扱いや、ハローワークへの「受給期間延長」の申請期限など、手続きには知らなければ損をしてしまう落とし穴がいくつかあります。状況は人それぞれ異なりますので、まずは主治医や管轄のハローワーク、または私たち社会保険労務士のような専門家に早めに相談し、ご自身の体調とキャリアに合った確実なステップを踏んでください。
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