こんにちは、大阪の社会保険労務士、井上です。

先日、Yahoo!ニュースでこのような記事が話題になっていました。
「育休もらい逃げ」は制度の悪用? 職場復帰しないで退職する女性に罵詈雑言「これから育休取りたい人たちに大迷惑」(大手小町(読売新聞)) – Yahoo!ニュース

育児休業給付金を受け取ったまま、一度も職場に復帰せずに退職してしまう、いわゆる「育休もらい逃げ」

残された社員からは「裏切りだ」「迷惑だ」という怒りの声が上がり、経営者様からも「給付金だけもらって辞めるなんて詐欺じゃないのか?」というご相談をいただくことがあります。

今回は、この炎上しやすいテーマについて、感情論ではなく「法律の専門家(社労士)」の視点から、違法性や会社ができる対策について解説します。

1. ズバリ解説。「育休後の即退職」は違法なのか?

結論から申し上げます。

復帰せずに退職することは、モラル的には問題があるかもしれませんが、法律的には一切「違法」ではありません。

これには2つの大きな理由があります。

  • 職業選択の自由:日本国憲法により、労働者には「辞める自由(退職の自由)」が保障されています。育休中であっても、2週間前に申し出れば退職は可能です。
  • 保険料の対価:育児休業給付金は、会社が払っているものではなく、本人がこれまで払ってきた「雇用保険料」から支払われるものです。要件を満たしている以上、受け取る権利があります。

つまり、会社が「復帰しないなら金を返せ」と迫ったり、退職を拒否したりすることはできません。
詳しくは厚生労働省のQ&Aサイトなどでも確認できます。

参考リンク:育児休業給付について(厚生労働省)

2. なぜ「もらい逃げ」と言われてしまうのか

違法ではない。権利である。
それでもなぜ、ここまで「罵詈雑言」を浴びてしまうのでしょうか。

それは、会社や同僚との「信頼関係の破壊」が起きるからです。

会社側は「復帰してくれる」と信じて、社会保険料の免除手続きをし、代替要員を配置し、復帰後のデスクを用意して待っています。
同僚たちも「○○さんが戻ってくるまでの辛抱だ」と思って、人手不足の中、必死に業務をカバーしています。

その期待を裏切って、事前の相談もなく「やっぱり辞めます」と事後報告されれば、現場が混乱するのは当然です。

一番の問題は、記事にもある通り、その行為が「これから育休を取りたいと思っている後輩たち」への最大の迷惑になるということです。

「どうせまた戻ってこないんだろう」という空気が社内に蔓延すれば、本当に復帰したい人が育休を取りづらい環境になってしまいます。

3. 実は「やむを得ない事情」も多い

一方で、退職する側も最初から「だまし取ってやろう」と考えているケースばかりではありません。
実際の現場では、以下のような「復帰したくてもできない事情」が発生していることが多々あります。

  • 保育園に落ちた:いわゆる待機児童問題で、預け先が見つからない。
  • パートナーの転勤:育休中に配偶者の転勤が決まり、通えなくなった。
  • 体調や価値観の変化:産後の体調不良や、「そばで育てたい」という気持ちの変化。

こうした事情がある場合、早めに会社に相談さえしていれば、トラブルにならずに円満退職できるケースがほとんどです。

男性社員の「育休もらい逃げ」が急増?その背景と実情


最近、検索キーワードで増えているのが「男性の育休もらい逃げ」という言葉です。
育児・介護休業法の改正により、男性の育休取得が促進される一方で、「育休中に転職活動をして、そのまま復帰せずに退職する」というケースが目立つようになってきました。

なぜ男性の育休退職が起きるのか?

女性の育休退職とは少し異なり、男性の場合は以下のような理由が多く見受けられます。

  • キャリアの再考:仕事から離れることで「本当にこの会社でいいのか?」と冷静に考える時間ができる。
  • 復帰後の不安:「育休を取ったことで出世コースから外れるのではないか」という不安(パタニティ・ハラスメントへの懸念)から、理解のある他社へ移ろうとする。

会社側ができる対策は「罰則」ではなく「環境作り」

経営者としては「手当だけもらって辞めるなんて許せない!」と思うかもしれませんが、「育休後に復帰せず退職すること」自体を就業規則で禁止したり、損害賠償を請求したりすることは法的にできません。

男性社員の離職を防ぐためには、「育休を取ってもキャリアに傷がつかない」ことを明確に示したり、育休中も適度なコミュニケーションを取って疎外感を与えないようにする「エンゲージメント(帰属意識)の向上」が唯一にして最大の対策となります。

4. 会社ができる対策とは?

では、会社は指をくわえて見ているしかないのでしょうか?
「復帰しない場合は損害賠償を請求する」といった念書を書かせることは、労働基準法第16条(賠償予定の禁止)に違反する可能性が高いためNGです。

法的に有効な対策として、以下の3つが挙げられます。

① 定期的なコミュニケーションを取る

育休中だからといって放置せず、2〜3ヶ月に一度はメールや面談で状況を確認しましょう。
「保育園の状況はどう?」と聞くだけで、復帰の意思があるかどうかのサインを早期に察知できます。

② 「復帰しやすい環境」をアピールする

「戻りたくない」と思わせない職場作りが根本的な解決策です。
短時間勤務制度や、男性育休の推奨など、柔軟な働き方ができることを就業規則に明記し、周知しましょう。

参考リンク:仕事と育児・介護の両立支援(厚生労働省)

③ 就業規則の整備

復帰後のルールや、退職時の申し出の時期(例:退職の1ヶ月前までに申し出る)などを就業規則で明確にしておくことで、少なくとも「突然の音信不通」による混乱は最小限に抑えられます。

まとめ

「育休もらい逃げ」は、法律論だけで割り切れない感情の問題が大きく絡みます。
しかし、会社側が感情的に対応してしまうと、逆に「マタハラ企業」として訴えられるリスクもあります。

従業員との信頼関係を築き、制度を正しく運用することが、結果として会社を守ることになります。

「ウチの就業規則、育休の規定は大丈夫かな?」
「復帰時のトラブルを未然に防ぎたい」

そうお考えの経営者様は、ぜひ一度、いのうえ社会保険労務士事務所までご相談ください。
トラブルのない、働きやすい職場づくりをサポートいたします。